群馬交響楽団首席奏者として活躍されている西川智也さんに、クラリネット上達の秘訣についてお話を伺いました。(取材:今泉晃一)

ドイツのスタイルとフランスのスタイル、 両方の良いところを出せたらいい

西川さんは大阪教育大学出身ということですが、学校の先生になりたいと思っていたのですか。

西川(敬称略) 
まずクラリネットも好きだったし、音楽も好きだったのでもっと勉強したいと思っていました。学校の先生になるのもいいなと、教職課程も取りました。むしろ、プロのクラリネット奏者になるということはあまり考えていませんでした。ただ、もし教えるにしても、もっと音楽のことをしっかりとわかった上で教えたかったので、卒業してすぐに先生になるという気持ちにはなりませんでしたね。

大学時代はどちらの先生に?

西川 和田尚裕先生です。ベルリンに留学された経験があり、ドイツ管(エーラー式)クラリネットを吹かれていましたので、私もその影響で大学時代はドイツ管を使っていました。卒業後に、自分もドイツに留学しようかなと思っていた時期もありました。もともとドイツのクラリネット奏者が好きだったこともあるし、たまたまですが私の先生の青山秀直先生も、山本正治先生も、ドイツで勉強した人ばかりでした。

ドイツの奏者が好きだったということですが、どういうところが好きだったのですか。

西川 やはり音でしょうか。あのまっすぐな硬派な感じが好きで、自分としても、吹き方にそういう要素は持っていると思います。卒業後はビュッフェ・クランポンに戻りましたが、ドイツ管を吹いた経験が演奏の幅を広げてくれたと感じています。

ドイツ管を吹くときって、体を響かせることが非常に大事になるのですが、その感覚を学ぶことができたことは大きかったです。時代の流れとともにドイツのスタイルとフランスのスタイルは近づいてきていることもあって、両方の良いところを出せたらいいなと思っていますね。

大阪教育大学を卒業した後は?

西川 日本木管コンクールで入選したときに審査員の先生方から「東京に出てきなさい」声をかけていただき、東京藝大の別科を経て大学院に進みました。修了後に、N響アカデミーで勉強しました。これはNHK交響楽団の方にレッスンしていただけるのはもちろん、実際に演奏会にもたくさん出演できて、隣にいてその先生がどう吹いているのか聞けるというのがとてもいい経験でした。
NHK交響楽団のクオリティが高いのはもちろんですが、様々な名指揮者の元で演奏できるということも非常に有意義でした。特にロリン・マゼール指揮の公演に出られたことは印象に残っていますね。

西川智也さん

オーケストラの首席としての活動とソロ活動

2017年に、首席をとして群馬交響楽団に入団されたわけですね。

西川 群馬交響楽団は群馬県の高崎にあり、東京に比べて人も少なく、オーケストラ自体にものんびりした感じがあって、雰囲気がすごく良いオーケストラです。
最近特にクオリティも上がってきていますし、拠点としている高崎芸術劇場も素晴らしいホールで、人口規模を考えるとあれだけのホールを建ててオーケストラを持っているというのはなかなかないことだと思います。しかも定期演奏会のチケットが完売することもあり、地域の文化としてオーケストラが根付いていることが感じられます。

現在も動画配信は続けていらっしゃるそうですが、中でも「クラリネット・マラソン・コンサート」という企画は興味深かったです。

西川 とにかくコロナ中に吹く機会を作ろうと思って配信を始めました。最初は1人でピアノの人とどこかのスタジオを借りて行なったのですが、そのうちコツをつかんできて、機材もそろってきました。そうすると、やはり人前で演奏する機会を失ってしまったたくさんの人のために、何か面白いことができないかなと思い、周りの人も巻き込んで「マラソン・コンサート」を企画しました。

ビュッフェ・クランポン・ショールームの多目的ホール ”Salle Pavillon d’Or”をお借りして、簡単なコンクールみたいな感じでスケジュールを組んでいろいろな人がかわるがわる演奏するというものです。それをインターネットで配信して、最後には聴いていただいた人にも投票してもらうという形でした。

こういう企画をまた別の方法でできないかなとは思っています。たとえば「1日クラリネット祭り」のような。本当は生が一番いいですからね。お互いに刺激ももらえるし、きっと楽しいと思います。

2022年には、『ルール・ヴェルト』というソロCDも出されました。フォーレの《夢のあとに》や、ドビュッシーの《小品》《第1狂詩曲》、プーランクの《ソナタ》などフランスの名曲が多く収録されていますね。

西川 「パリ」をテーマにしていて、タイトルもフランス語で「緑の時」という意味です。最初はブラームスやワーグナーも入っているもう少し重いプログラムも考えていたのですが、今回はフランスで明るい感じにまとめるということになりました。最後にピアソラの《タンゴの歴史》《鮫》を入れましたが、これはこじつけっぽいですが、ピアソラもパリに留学にしているということで、ちょっとひねりを入れました。実は体力的にも技術的にも、ピアソラが一番大変だったのですが。

全体としては、クラリネットを吹かない人にも、「クラリネットっていいな」と思って楽しんでもらえるように考えました。

西川智也さん

ほとんどの人は「もっともっと吹いていい」

レッスンなどもされていると思いますが、指導する際にはどういうところを重視していますか。

西川 奏法と音楽のバランスが取れた状態で進んで欲しいと思っています。ただ吹けるだけの人になって欲しくないし、逆にやりたい音楽が頭の中にあるのに技術が付いてこないというのももったいない。その両方を上げていって欲しいのです。

曲に関しては、まず古典〜ロマン〜現代まで、作品の時代を問わず満遍なくやってみることです。最終的にどういう方面が好きかは本人が決めればいいことですが、後々応用が利くように、バリエーションをきちんと自分の中に増やしておくことが必要です。

奏法ひとつ取っても、演奏者によって、またその時代時代によっても少しずつ違います。「ドイツっぽく吹くにはこうしたらいい」とか「フレンチスクールならこうかな」とか、「イギリスの人はこういうふうにやっていた」などと、亡くなっている人に関してはレコードとかを聴いて想像するしかないのですが、そういった想像力、ファンタジーといったものを膨らませるヒントをできるだけ伝えるようにしようと思っています。

特にアマチュアでは、好きな演奏家がいて、「こう吹きたい」というものが頭にあったとして、技術的にどうすればそれが実現するのかがわからないことも多いです。

西川 それが一番難しいところです。でもひとつ言えることは、ほとんどの人は「もっともっと吹いていい」ということです。息をはっきりと使って、ピアノからフォルテまで、体全体を使って吹くような気持ちで演奏する必要があります。ただそう意識して、力いっぱい吹いても、思うような音量やサウンドが出せないこともあると思います。それは多分、体の使い方が限定的だからだと思います。もっと体の深いところまで使うこと。響かせるポイントも、体の中にたくさんあるんです。「息の量」の話ではなく、「息の圧」の話で、その「息の圧」を支えるための体の筋肉の使い方を修得する必要があります。アマチュアの方の場合は楽器を吹く時間が少ないことから感覚を掴むのに時間がかかることもありますし、継続して演奏していないとうまく使えない筋肉もありますので仕方のない面もありますが、音づくりの際には今言ったようなことを意識しているかどうかが大事です。

それによってリードの選択も変わってきます。息の圧が使えるともっと重いリードが合うようになるかもしれませんし、逆にアンブシュアを締めて吹いている人は、アンブシュアを解放するとリードが重く感じることもあります。

クラリネットを吹く人は、発音がうまくいかなくて悩む人が多いように思います。

西川 確かに、クラリネットは発音が難しい楽器なので、本気で改善しようと思わないと良くならない。しかも人によって問題となるポイントが違うので、個々が研究する必要があります。

そもそも、発音の良し悪しって、自覚することが難しいんです。人の音を聴いて判断するのは簡単ですが、自分ではそれがもう当たり前になってしまっていますから。録音して聴いても、やはり自分がいつも吹いている感じだから違和感がない。でも、人よりきつかったり、雑音が入ったりということはよく聴けばわかるし、いったん気になり始めたら、多分もう大丈夫。意識していない状態だと、変わりようがありませんからね。

西川智也さん

今の自分より良いものを求めて、魅力的だと感じたものを取り入れていく必要がある

話は少し戻りますが、楽器をドイツ管からビュッフェ・クランポンにしたときに、奏法も変化したわけですね。

西川 大阪の大学にいたときと、東京で大学院に通っていたときは、全然吹き方が違います。楽器と関係する部分もあるし、関係ない部分もあります。

大阪のときには本当に軽いリードで、クリアな音を目指していました。決してアンブシュアを固めないで、しっかりと楽器に圧をかけて響かせるみたいな感じです。東京に来てからはリードを硬くして、アンブシュアも以前よりはタイトにして、楽器に直接圧をかけて吹くような吹き方です。

これは、コンクールに出たときなど周りの人たちの演奏を聴いて「何か違うな」と感じたり、先生の指導もあって変えていきました。それまでは口元の雑音みたいなものをすごく嫌っていたのですが、他の人の音を聴いたときに「近くでもそんなに気にならないな」と思ったんです。それなら、それでいいじゃないか、と。悪い雑音はない方がいいですが、耳に付かない雑音だったらむしろある方が音に表情が付くと思っています。

よく、「大阪と東京では言葉が違うから、楽器の吹き方にも違いが出る」と言われますが。

西川 それはあるかもしれませんが、楽器に関しては大阪とか東京だけでなく、フランスでもドイツでもアメリカでも、そこに行ったら現地の音を聴いて取り入れられるということが大事だと思います。

 そうやって、他の国とか海外の先生や他の演奏者からヒントをもらって、評価されていくわけです。今の時代、広く評価されることも大事だと思いますので、今の自分よりももっと良いものを求めて、魅力的だと感じたものを取り入れていく必要があると思います。

 

中学生とか高校生を教えるような機会もあると思いますが、よく見られる問題点のようなものはありますか。

西川 多くの人が、クラリネットの音を知らないで楽器を吹いているように思います。指はよくまわるのに、ペラペラな音で吹いているケースもあって、「ああ、これはクラリネットの音を知らないんだろうな」と。
それはわからないでもないんです。例えば難しい吹奏楽曲の楽譜など、目の前にやらなければいけない課題がたくさんありますから。でも、その先にあるものが見えていないと、それ以上に上達することは難しい。

息の使い方などはその場でやればできる人も多いので、息の量自体が問題ではありません。ただし、それを受け止めるだけの楽器がないと吹き込んだところで良い音はしないので、リード、マウスピース、リガチャー、そして楽器の選択を適切にする必要があります。もしかすると、自分では選んでいなくて、最初に先輩なりに薦められて、そのまま吹き続けているというパターンも多いのかもしれません。でも、そもそも音のイメージを持っていないと、「自分の出したい音と違うから替えてみよう」という意識にもなれませんよね。

西川智也さん

とにかくたくさん吹きまくって、曲に対して自分なりのイメージを持つことが重要

中・高校生に限りませんが、楽器が上手くなるために普段からやっておいた方がいい練習はありますか。

西川 とにかく音符をたくさん吹くことです。練習曲でもいいですし、ソロ作品やコンチェルトでもいいですが、たくさん吹いて音符に慣れるというか、指がすぐにそこに行くようにトレーニングするわけです。そういう意味でスケールはやるべきですが、スケールとかロングトーンを演奏会でやるわけではありませんから、ある程度そういう基礎ができるようになったら、並行してとにかく曲を吹きまくるといいです。

 

確かに、アマチュアの人は目の前にある曲を上手く吹くことが大前提で、それ以外の曲など吹く機会が少ないかもしれません。

西川 そうなんです。だから例えば練習曲集とか教則本を常に1冊持っていて、どんどん新しいページを開いて音符を吹いていくといいです。
1曲を完璧に仕上げようとするよりも、新しい曲を吹いて、新しい指のパターンをどんどん覚えて行く。そうやって技術に余裕を作らないと、実際に吹くべきオーケストラなり吹奏楽なりの曲も上手くいかないので、「ちょっと背伸びかな」と思うような曲にもチャレンジしてみるべきです。

お薦めの曲などはありますか。

西川 最初の頃はシュターミッツの協奏曲第3番とかウェーバーのコンチェルティーノあたりを、吹ける吹けない関係なくさらってみる。慣れてきたら次はメサジェとかラボーのコンクールのための独奏曲を吹いてみる。この辺りは中・高校生でもコンクールで演奏する子がいますから、できなくはないと思います。別にプロクオリティに仕上げる必要は全然ないですから。

とにかくいろいろな曲にチャレンジすることが大切ということですね。

西川 吹いてみてできなかったら、いったん置いておいてもいいです。できない箇所にずっと気を取られてそこばかり練習していてもあまり効率がよくないですから。しばらく経ってからもう一度吹いてみると、できるようになっているかもしれません。僕も「昔はどうしてここがこんなに難しかったのだろう」と思うことがよくあります。今だったら3時間練習すればできるようになるのに、以前は何日かかってもできなかったようなことがね。

本を読むときに、読めない漢字をいちいち辞書で引いていたら進まないじゃないですか。それよりストーリーがわかる方がずっと大事ですよね。そして、どうしても読めないと困るときに調べてみれば、それで全部解決するわけですから。

とにかくたくさん吹いて、曲に対して自分なりのイメージを持つことが重要です。

西川 智也

Tomoya Nishikawa

大阪教育大学教育学部教養学科芸術専攻音楽コース卒業。東京藝術大学大学院修士課程修了。NHK交響楽団「N響アカデミー」を修了。和田尚裕、青山秀直、山本正治の各氏に師事したほか、オーケストラ演奏をNHK交響楽団のメンバーに学ぶ。
第9回東京音楽コンクール木管部門第1位、第24回日本木管コンクールクラリネット部門第1位、第23回宝塚ベガ音楽コンクール木管部門第2位および会場審査員特別賞受賞。
ソリストとして、日本フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団、群馬交響楽団等と共演。NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」に出演。オーケストラおよび室内楽奏者として小澤征爾音楽塾、木曽音楽祭、東京・春・音楽祭、ラヴェンナ音楽祭、草津夏期国際音楽フェスティバルなどに出演。これまでにW.ヒンク、T.インデアミューレ、C.プレガルディエン、G.プーレ、澤クヮルテット、ヤン・ソンウォンらと室内楽で共演した。現在、群馬交響楽団首席クラリネット奏者としてオーケストラ奏者としての活動を中心としながら、室内楽やソロでの演奏も精力的に行なっている。

使用楽器
in B♭、in A :
〈ビュッフェ・クランポン〉 “トラディション”,”トスカ”

所在地

〒135-0016 東京都江東区東陽4丁目8−17

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